◎『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』、千秋楽

 『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』が、3月12日(日)千秋楽を迎えました。
 ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトに啓発され、上は79歳から、下は9歳までの劇団員が自らの手で創作した脚本を元に24の小作品を並べた今回の作品。多くの方にご来場いただきました。厚く御礼を申し上げます。

 2016年の日本の現実をしっかり捉え、ギリギリまで磨き上げた各作品には、長時間の上演にもかかわらず、大きな拍手と好評の声をいただき、劇団わが町のこの5年間における活動の集大成となりました。
 今後も地元に密着した劇団としてさらに邁進していきます。次回の公演にもご期待ください。  (了)

◎劇団わが町『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』初日

 皆様のおかげをもちまして、初日を無事迎えることができました。
 ご来場いだたきました方々には厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。
 今回は劇団初の劇団員の執筆による脚本をふじたあさやさんの指導、まとめにより作品化したものです。台本の完成がギリギリになったり、演技の詰めもタイトなスケジュールになったりして、まさに時間との闘いとなったのです。

 しかし、ここ一番に強い劇団わが町のこと、2016年の現実をしっかりとらえた作品となりました。
 あと4公演を総力で演じます。皆様のご来場をお待ちしています。

 

 

11日(土) 14:00開演/18:00開演
12日(日) 13:00開演/17:00開演

ぜひ劇場でお会いしましょう!  (了)

◎ふじたあさや氏 新春特別インタビュー

 新年にあたり劇団わが町の3月に公演する新作『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』について、同劇団の芸術監督・演出ふじたあさや氏に、今回の脚本が生まれた経緯や舞台の見どころなどについて話を聞いた。

新作について語るふじたあさや氏

新作について語るふじたあさや氏

―今回のタイトル『恐れを知らぬ27人の劇作家…』ということですが?
 みなさんに書け書けと言ったら本当に書いてきちゃったんで…(笑)
 その書いてきたやつをできるだけ活かしたい。なにしろ作家が27人もいるんですよ。それぞれの作家の作品をできるだけ、そのまま活かせる方向で、あまりカットすると骨だけになるので、それなりにおもしろさを活かしたいですね。
 若い子供から70過ぎまでのみなさんが書いてくれたものですが、それぞれが面白いだろうと思っている“思い方”が違うんですよね、そこがおもしろくてね。結構シュールなのもあるし、近未来を描いているのもあるし、大リアリズムもあるし、そういうスタイルが違うのを全部飲み込んで一つの作品だという、そういう面白さを狙ったんです。

―敢えて劇団員に書いてもらったという背景は?
 書きたいことがその気になれば出てくる人たちだ、ということから、最初に水を向けたわけです。今どんな作品をやってもそれなりに成果はあると思うが、「本当に今言いたいことは何?」って聞いていくと、結構出てくるものだと思いました。まあ、みなさんに対する信頼ですよね。

―これまでの芝居というのは戯曲の内容を演出家が役者を使って伝えるというスタイルが続いてきましたが?
 どこかに偉い書き手がいて、その人が書いたものをありがたがってやるという構図じゃなく、みなさんが日常的に思っていることが芝居になるんだ…この発見をしてもらいたかったのです。それができるのは(劇団)わが町だからだと思っています。

―未経験の作家による「本(脚本)」ということで、読んだり直したりするうえでのご苦労は?
 それは苦労がないわけじゃないですけれどね。しかし、「へー、あの人はこういうのが芝居になると思っているんだ。じゃあ何とか実現してあげよう」。ひとりひとりの狙いを汲み取ってビジュアルなものにしていくというのは、こちらも想像力をはたらかせて、頑張ってイIMG_0007trmdメージを持たなければなりませんので…。そこには苦労があるわけです。

―そうした個々の作品をひとつにまとめていって、観客に見てもらいたいところは?
 作家がいて、演出家がいて、俳優は言われるままに動いているということとは違う、活き活きした演劇の在り様というのを、この集団だったらできる、みんなで実現することができるだろうということですよね。
 だから実際に蓋が開いてみたら、時間が長すぎて大変だとかいうこともあるかもしれないけれど、観客にしてみると今までなかったものを観ることになると思いますよ。

―これまでのところの出来栄えは?
 本(脚本)はそれぞれの面白さを持っていますから、あとは稽古時間ですね。劇団員は職場へ行ったり、学校へ行ったりして結構忙しいし、インフルエンザが流行るなど心配な材料もあります。しかし、みなさん本番には強いですからね、このグループは! 間際になるとできちゃうのですよ、今回も多分そういうことになるんだと思います(笑)  (了)

◎公演のご案内『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』

 劇団わが町は、『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』を川崎市アートセンターアルテリオ小劇場にて上演します。上演は2017年3月10日(金)から12日(日)まで。

 しんゆりで、またまたただならぬことが起きています。
 劇団わが町のメンバーに、「ブレヒトは『第三帝国の恐怖と貧困』で、生活の断片を積み重ねてナチス・ドイツの犯罪を告発した。それにならって、次の公演はみんなで、今の私たちを脚本にしてみないか」とすすめたところ、なんと27人の劇作家が誕生したのです。
 脚色ではありません。創作です。それも、上は79歳から、下は9歳までの、脚本なんて書くのは初めてという面々です。
結果、試作を含めて63本の小作品が寄せら0001れました。いずれも、戦後70年、福島原発事故から5年の、2016年の現実を、しっかりとらえた作品です。もう始まってしまっている近未来まであります。
 これから、それらをまとめて一本の作品にするのですが、これだけは言えます。これを見損なったら、川崎の文化は語れないし、演劇の歴史も語れない、と。
 芸術監督・演出 ふじたあさや

ぜひ劇場でお会いしましょう。  (了)

 しんゆりシアター
 劇団わが町 第6回公演『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』

◎公演日時 2017年3月10日(金)~12日(日)
000210日(金) 19:00開演
11日(土) 14:00開演/18:00開演
12日(日) 13:00開演/17:00開演
開場は開演の30分前

◎【チケット発売日】
2017年1月27日(金)
◎【料金】=一般 2,500円/学生(小学生~高校生)1,000円(全席指定・税込)
※未就学児のご入場はご遠慮ください。
※学生チケットは、窓口販売のみとなります。
※車いすでご来場のお客様は当日のスムーズなご案内のためチケット購入後、事前に川崎市アートセンターまでご連絡をお願いします。>

【取扱い】川崎市アートセンター
窓口販売 9:00-19:30(原則毎月第2月曜除く)
電話予約 044-959-2255(9:00-19:30 原則土日祝・毎月第2月曜を除く)

   チケット購入はこちらでも


◎公演のお知らせ『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』

 劇団わが町より謹んで初春のお慶びを申し上げます。
osn0026-049 旧年中は多くの声援をいただいたうえ、多数の方々に観劇いただき、厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。さて3月の公演について、現在お知らせできる情報です。

 タイトル:『恐れを知らぬ27人の劇作家?と49人の俳優たち』
 公演日程:3月10日(金)昼
 11日(土)昼・夜
 12日(日)昼・夜
 (開演時刻未定)
 会場:川崎市アートセンターアルテリオ小劇場  (了)

 

◎劇団わが町、来春公演の仮脚本・キャスト決定

 来年3月の公演に向けて準備を進める劇団わが町は、作品の仮脚本を劇団員に配布するとともに、キャストを暫定的に決定した。
 来春公演作品については、劇団員のアイデアが随所に生かされ、現在から近未来に至るまでの日常風景が、色濃く盛り込まれたものになる予定。

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仮キャストを発表するふじたあさや氏

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 劇団の芸術監督ふじたあさや氏が、11月末の稽古で仮キャストを発表した。これに基づいて今後劇団は、脚本をさらに洗練したり、各パートごとの稽古をしたりしながら、来春公演に向けて全体の稽古を重ねる予定だ。  (了)
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◎劇団わが町、来春公演に向けて再始動

 劇団わが町は、来年3月の公演に向けて準備に入った。3か月ぶりの再会となった顔合わせ(6月4日)では、劇団の今後の活動方針や次回作の構想などが説明された。

 劇団の芸術監督であるふじたあさや氏はまIMG_0110trmず、演劇におけるリアリズムについて歴史的な観点を踏まえ、欧米や日本の劇作家、演出家の活動や作品を紹介した。また演劇の道に入った動機や、リアリズムの追求における自らの経験を披露したほか、次回公演作品の方針を話した。IMG_0087trm

 これに対して劇団員から、自主的な練習を含む稽古スタイルの希望や次回作に関するアイデアなどが出され、3時間余りの顔合わせが盛り上がった。

 今後劇団は、次回作に関する勉強会やワークショップを経た後、秋には本格的な稽古に入る。公演は来年3月中旬の予定。  (了)IMG_0120edtd

◎図書館長・宇井頼三の溝の口周辺散策メモ=その3

数千年前のあれが!宇井館長の発見は?

萩坂 心一

 今回は、現在の高津図書館では展示してなかった「出土品」を探し求め、等々力にある市民ミュージアムを訪問しました。

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川崎市市民ミュージーアム

 行ってみたら、あるわあるわ、川崎の古代から近代にいたるまでの資料・出土品がものの見事に展示してありました。しかも、無料! まだご覧になってない方は、ぜひ一度見学してみてください。160115_1147~01

 『わが町・溝の口』にも出てくる「子母口貝塚」の出土品はもちろん、その貝塚を発掘したときの「地層」そのものが展示されてました。写真では小さくてわかりにくいですが、まさに原寸大の「地層」の展示は迫力がありました。

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三猿の庚申塚

 というわけで、お目当てを発見して大満足…。
 明治時代のコーナーを回っていたら、「三猿の庚申塚」の実物を発見して、またまた興奮!
 というのも、『わが町・溝の口』に「三猿」の逸話が紹介されており、明治の人たちが信じていたことの証となる貴重な展示物なのです。写真で見ても、「見ざる・聞かざる・言わざる」がよくわかり、可愛らしいですよね。

 さて、これで終わりじゃ「宇井頼三」の名が廃る。よっしゃー、ここは「子母口貝塚」まで足を延ばしてみようと、オンボロの愛車を走らせました。実は、この「子母口貝塚」、地図の上では何となくこのあたり、というのはわかっていたのですが、なかなか見つからなかったのです。

 この日は必死に探し、小高い丘を登ったり下りたり、なんせ案内表示がないので散々迷いましたが、ついに見つけました!ところが、それは、写真にあるように、一見何でも160115_1320~01ない、住宅街の一角にある小さな公園…。中に入ると、案内板や出土品の写真が掲示されてましたが、市民ミュージアムのそれにはとてもかないません。

 ちょっとがっかりして、帰ろうかなぁと思いましたが、「せっかくここまで来たんだ、貝塚を見つけてやるぞ!」と一念発起。

 詳しくは書けませんが、あの手この手(あの足この足?)を使って、ついに「貝」を発掘。
 そうです、数千年前の貝ですよ!

 写真をご覧ください。泥付き160115_1643~01trmdです、もったいなくて洗い流せません。 市民ミュージアムで購入した出土品目録によると、私の発掘したものは、「マガキ」「ハマグリ」「ヤマトシジミ」のようです。この貴重な出土品を、私としては、ぜひ本番の舞台でご披露したいのですが…。たぶん、ふじたあさや先生は、ニコニコ顔で、「却下!」、でしょうね。
 ただでさえ、私の台詞は長くて、あちこちカットされてますので…。

 今回の取材調査も、私の役作りに欠かせないものとなりました。三回に分けての「散策メモ」も、今回が最終回。あとは本番の舞台にどう生かしていくか、「図書館長・宇井頼三」として生きたいと思います。
 では、新百合ヶ丘の川崎市アートセンターアルテリオ小劇場にてお会いできるのを楽しみに…。  (了)

「わが町-溝の口」舞台上での新聞について 

山田 誠浩

 『わが町―溝の口』では第一幕の始めで、小田医師は配達の伍郎少年から渡された新聞を広げるのだが、稽古を続けるうち、その新聞が現在のものであることに違和感を抱きだした。上村さんが主筆をしていた「溝の口新報」がもしあれば、その明治34年5月7日頃のコピーを入手できないかと思った。395_za_yokohama

 溝の口あたりの当時の事情は、川崎市立中原図書館がいちばん詳しいと聞き、電話で「わが町―溝の口」を上演するので新聞のコピーが手に入らないかと相談したところ、1か月ほどして回答があった。私たちも目にしている「わが町―溝の口」の制作ノートを読みながら、いろいろ調べてくれたという。

 その結果、「溝の口新報」は実在せず、これはソーントン・ワイルダーの「わが町」を翻案するにあたって長岡輝子さんが創作されたもののようであるという。

 当時「東京日日」「東京朝日」「横浜貿易」(神奈川新聞の前身)「横浜日日」などの新聞が、溝の口あたりの人々に読まれていた可能性があり、上村さんのモデルとなった自由民権運動をしていた人のところには、いくつかの新聞が届いていただろうと思われる。

 住民の新聞購読調査は昭和初めのものしかなく、その時点では「東京日日」「東京朝日」は300部ほど「横浜貿易」「横浜日日」は数十部がこの地域で読まれていたようだ。そして明治のころの新聞のマイクロフィルム、または現物は桜木町の県立図書館かながわ資料室にあることなどを知らせてくれた。どこの誰とも分からない者のために「わが町―溝の口」を上演するというだけで、丁寧に調べてくださった中原図書館の人に感謝しつつ、早速県立図書館かながわ資料室に行った。20101225085815e40

 かながわ資料室には「東京日日」「東京朝日」「横浜貿易」のマイクロフィルムがあり、そこから明治34年5月7日の紙面をコピーすることができた。コピーしていてたまたま気付いたのだが「東京日日」のその日のあるページに、なんと「札幌農学校出身者に告ぐ。本月14日午前9時本校創立25年記念式を挙行候條参列相成度候也」という広告が出ているではないか。私たちはこういう時代を舞台で描こうとしているのだと心踊る思いでコピー作業をした。

 

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明治時代の新聞配達人

 「東京日日」「東京朝日」は現在の大きさと同じ、「横浜貿易」はやや小ぶりだが、紙面の組み方や活字は当時を偲ばせるものがある。

 A3コピー紙でのコピーのため継ぎ合わせる必要があり、その作業が済み次第持参し、稽古に使用するので是非皆さんのお目通しを・・・。  (了)