◎図書館長・宇井頼三の溝の口周辺散策メモ=その3

数千年前のあれが!宇井館長の発見は?

萩坂 心一

 今回は、現在の高津図書館では展示してなかった「出土品」を探し求め、等々力にある市民ミュージアムを訪問しました。

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川崎市市民ミュージーアム

 行ってみたら、あるわあるわ、川崎の古代から近代にいたるまでの資料・出土品がものの見事に展示してありました。しかも、無料! まだご覧になってない方は、ぜひ一度見学してみてください。160115_1147~01

 『わが町・溝の口』にも出てくる「子母口貝塚」の出土品はもちろん、その貝塚を発掘したときの「地層」そのものが展示されてました。写真では小さくてわかりにくいですが、まさに原寸大の「地層」の展示は迫力がありました。

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三猿の庚申塚

 というわけで、お目当てを発見して大満足…。
 明治時代のコーナーを回っていたら、「三猿の庚申塚」の実物を発見して、またまた興奮!
 というのも、『わが町・溝の口』に「三猿」の逸話が紹介されており、明治の人たちが信じていたことの証となる貴重な展示物なのです。写真で見ても、「見ざる・聞かざる・言わざる」がよくわかり、可愛らしいですよね。

 さて、これで終わりじゃ「宇井頼三」の名が廃る。よっしゃー、ここは「子母口貝塚」まで足を延ばしてみようと、オンボロの愛車を走らせました。実は、この「子母口貝塚」、地図の上では何となくこのあたり、というのはわかっていたのですが、なかなか見つからなかったのです。

 この日は必死に探し、小高い丘を登ったり下りたり、なんせ案内表示がないので散々迷いましたが、ついに見つけました!ところが、それは、写真にあるように、一見何でも160115_1320~01ない、住宅街の一角にある小さな公園…。中に入ると、案内板や出土品の写真が掲示されてましたが、市民ミュージアムのそれにはとてもかないません。

 ちょっとがっかりして、帰ろうかなぁと思いましたが、「せっかくここまで来たんだ、貝塚を見つけてやるぞ!」と一念発起。

 詳しくは書けませんが、あの手この手(あの足この足?)を使って、ついに「貝」を発掘。
 そうです、数千年前の貝ですよ!

 写真をご覧ください。泥付き160115_1643~01trmdです、もったいなくて洗い流せません。 市民ミュージアムで購入した出土品目録によると、私の発掘したものは、「マガキ」「ハマグリ」「ヤマトシジミ」のようです。この貴重な出土品を、私としては、ぜひ本番の舞台でご披露したいのですが…。たぶん、ふじたあさや先生は、ニコニコ顔で、「却下!」、でしょうね。
 ただでさえ、私の台詞は長くて、あちこちカットされてますので…。

 今回の取材調査も、私の役作りに欠かせないものとなりました。三回に分けての「散策メモ」も、今回が最終回。あとは本番の舞台にどう生かしていくか、「図書館長・宇井頼三」として生きたいと思います。
 では、新百合ヶ丘の川崎市アートセンターアルテリオ小劇場にてお会いできるのを楽しみに…。  (了)

「わが町-溝の口」舞台上での新聞について 

山田 誠浩

 『わが町―溝の口』では第一幕の始めで、小田医師は配達の伍郎少年から渡された新聞を広げるのだが、稽古を続けるうち、その新聞が現在のものであることに違和感を抱きだした。上村さんが主筆をしていた「溝の口新報」がもしあれば、その明治34年5月7日頃のコピーを入手できないかと思った。395_za_yokohama

 溝の口あたりの当時の事情は、川崎市立中原図書館がいちばん詳しいと聞き、電話で「わが町―溝の口」を上演するので新聞のコピーが手に入らないかと相談したところ、1か月ほどして回答があった。私たちも目にしている「わが町―溝の口」の制作ノートを読みながら、いろいろ調べてくれたという。

 その結果、「溝の口新報」は実在せず、これはソーントン・ワイルダーの「わが町」を翻案するにあたって長岡輝子さんが創作されたもののようであるという。

 当時「東京日日」「東京朝日」「横浜貿易」(神奈川新聞の前身)「横浜日日」などの新聞が、溝の口あたりの人々に読まれていた可能性があり、上村さんのモデルとなった自由民権運動をしていた人のところには、いくつかの新聞が届いていただろうと思われる。

 住民の新聞購読調査は昭和初めのものしかなく、その時点では「東京日日」「東京朝日」は300部ほど「横浜貿易」「横浜日日」は数十部がこの地域で読まれていたようだ。そして明治のころの新聞のマイクロフィルム、または現物は桜木町の県立図書館かながわ資料室にあることなどを知らせてくれた。どこの誰とも分からない者のために「わが町―溝の口」を上演するというだけで、丁寧に調べてくださった中原図書館の人に感謝しつつ、早速県立図書館かながわ資料室に行った。20101225085815e40

 かながわ資料室には「東京日日」「東京朝日」「横浜貿易」のマイクロフィルムがあり、そこから明治34年5月7日の紙面をコピーすることができた。コピーしていてたまたま気付いたのだが「東京日日」のその日のあるページに、なんと「札幌農学校出身者に告ぐ。本月14日午前9時本校創立25年記念式を挙行候條参列相成度候也」という広告が出ているではないか。私たちはこういう時代を舞台で描こうとしているのだと心踊る思いでコピー作業をした。

 

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明治時代の新聞配達人

 「東京日日」「東京朝日」は現在の大きさと同じ、「横浜貿易」はやや小ぶりだが、紙面の組み方や活字は当時を偲ばせるものがある。

 A3コピー紙でのコピーのため継ぎ合わせる必要があり、その作業が済み次第持参し、稽古に使用するので是非皆さんのお目通しを・・・。  (了)

◎図書館長・宇井頼三の溝の口周辺散策メモ=その2

高津図書館での発見は

萩坂 心一

 今回は、宇井頼三の本拠地、高津図書館を訪問してみました。
訪問の狙いの一つは、「明治時代の溝の口」を実感できる資料を見つけてみたい、ということです。探すこと一時間、『私たちの高津―高津小学校創立六〇周年記念誌』という本を見つけました。明治時代の小学校生活の様子がよくわかります。
 当時の授業開始は朝八時、六・七月は朝七時! 『わが町・溝の口』で、子供たちが「一鈴」を聞いて慌てるシーンがありますが、早朝だと思えば、演技にリアリティーが出るでしょうね。また、当時の小学校では、成績が悪い生徒は「落第」が当たり前だったようです。160123_1924~01

 劇中で、男の子が食事中でも必死になって漢文を暗記して、お母さんに怒られるシーンがありますが、これまたリアルな必死さ・切迫感が求められますね。子役だけでなく、みんなに知ってほしいと思い、本の抜粋を印刷して、劇団員全員に配りました。さて、訪問の二つ目の狙いは、私の台詞の裏付けを取るためです。
 宇井頼三の台詞で「(貝塚での)出土品の一部は、当高津図書館、郷土資料室にも展示してございます」というのがありますが、果たして今でも展示しているのかを確認したかったのです。隈なく館内を見回ってみましたが、どこにもそんなものはありません。

 そこで図書館の人に長岡台本を見せ、確認を求めたところ、その女性の方は、「ちょっとお待ちください」と言って、奥に引っ込み、いろいろ調べてくれたようです。

 待つこと10分、「今の図書館は移転後のもので、たぶん移転前の高津図書館には展示してあったものと思われます…」。なるほど、確かに長岡台本の上演時期は移転前のことです。

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高津図書館

 「それらの出土品は、今、どこにあるんでしょうか?」と尋ねたら、すぐにネット検索をしてくれ、「どうも、市民ミュージアムにありそうですね。詳しくはそちらにお尋ねください」と明快なお答え。
 というわけで、次回は、等々力にある市民ミュージアム訪問記を書きまーす。
お楽しみに!  (了)

◎図書館長・宇井頼三の溝の口周辺散策メモ=その1

「久末の義民地蔵」の由来

萩坂 心一

 郷土愛あふれる宇井頼三なら、きっと溝の口周辺を歩き回って、いろんなことに感動しているに違いないと妄想し、私も「追体験」してみました。最初に訪れたのは、横浜との境に近い、久末の妙法寺です。ここに、宇井頼三が熱く語る「義民地蔵」が安置されていると聞いたからです。151203_1343~01

 「義民地蔵」とは…
 江戸時代、過酷な年貢の取り立てに抗議し、農民たちが領主に引き下げを要求したら、なんと願い出た19人の命が領主のもとで奪われた。それに怒った村人たちが、隣村の農民たちも巻き込んで大挙して押し寄せた結果、領主がやっと年貢の引き下げを認めた。
 久末の人々は、19人の遺功をたたえ、御霊を安んずるために、お地蔵様を作った。

 これが、「久末の義民地蔵」の由来です。長岡台本の初演時は、中原街道沿いのバス停近くにあったようですが、その後、小高い丘の上にある妙法寺に移設、安置されました。写真でわかるように、地蔵尊は二体、それぞれ違う時期に作られたものです。その横には、きれいな案内板があり、非常にわかりやすく説明されてます。84-8l12ee1f482ff943f738537c065a035186

 今から30年ほど前、地元の世話人の方が作った短歌を紹介します。

 「慎みて 十九のみたま
  とこしへに 鎮まりませと
  香たてまつる」

 

 

 なお、この「義民地蔵」は、「かわさきの昔話」としても伝わっていて、地元の民話作家・萩坂昇さんが、ドラマチックに書き残してくれてます。

 虚実取り混ぜた、実に面白いお話に仕上がってますよ。
 ちなみに、萩坂昇さんは、私の叔父、すでにあの世に旅立たれました。不思議な縁ですね。合掌。  (了)079f48f78900b273106e24887ba08e0e

◎上村主筆の取材雑記帳=その1

『溝の口』―登場人物名にも翻案の妙技

 『わが町―溝の口』、原作『Our Town』の登場人物一覧を眺めていて驚いた。
 『Our Town』グローヴァーズ・コーナーズの出来事を巧みに溝の口に翻案した長岡輝子氏には、登場人物名の翻案にも工夫があった。こうしたところにも長岡氏のこだわりと、ちょっとした遊び心が見える。
 原作の主な登場人物は;
 ギブズ医師、ジョー、サム・クローエル、ハウイ・ニューサム、ジョージ・ギブズ、レベッカ・ギブズ、ウォーリー・ウェブ、エミリー・ウェブ、サイモン・スティムソン、ソームズ夫人・・・。

 例えば溝の口新報の上村(うえむら)主筆、なぜ”かみむら”ではなく、”うえむら”なのか、原作がWebb氏~ウェブ~ウエぶら≒うえむら。ちょっと苦しいところだが、”かみむら”ではないことが推察できる。むろんエミリー≒恵美、ジョージ≒丈吉、サイモン・スティムソン≒細門龍之介、ソームズ夫人≒そめ、あたりは分かりやすい。

IMG_0001 そして出色の名前は、
 ▼町の歴史や風土の解説役ウィラード教授~宇井頼三(高津図書館長)…ウィラーぞ~ういらいぞ≒宇井頼三(笑)
 ▼新聞配達(弟)のサイ・クローエル≒斉藤九郎
 ▼牛乳配達のハウイ・ニューサム~灰田新三(豆腐屋)…ハウい~ハウイダ~はいだ+ニュー=新+サム=三。英語の”new”を「新」に、”some”を読みで「三」、合わせて新三というわけだ。

 長岡さんの注力には頭が下がる。
 しかし、わが、ふじたあさやさんにも『わが町しんゆり』では、ウィラード(日本語で”柳”)教授=柳教授という命名があったことを付記しておきたい。  (了)

『ザ・チェーホフ』ギャラリー公開!

あれ? もう5月
、、、てかまうすぐ6月ッ!
すいません(´・ω・`)
すっかりご無沙汰しちゃいました。

↓えますぐクリック!

そんな中、全世界のわが町ファンお待ちかね、
第四回公演『ザ・チェーホフ』の舞台写真ギャラリー公開です!

( ゚Д゚ノノ”☆パチパチパチパチ

はい! 2015年3月13〜15日、怒濤の三日間!
例によって新百合ヶ丘は熱く萌えましたたた!

今回も『劇団わが町』ならではの新しい試みや冒険が満載。
誰も見たことの無い『劇団わが町』ならでは、だからこそ!
の『チェーホフ』を描き出せたのでは無いかと思っています。

すでに『劇団わが町』は来春に予定されている
第五回公演に向けて始動を開始いたしました。
また劇場でお会いできる日を楽しみにしております!

ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。

※すいません、写真大量すぎてページ重いかもす(´∀`)

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『ザ・チェーホフ』

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新作のご案内っ!
な、な、なんと『劇団わが町』がチェーホフに挑みます!
え? 三人姉妹? かもめ? ワーニャ伯父さん?
のんのん(´。`)

もつろんふじたあさや先生の書き下ろし。
つうか……またしても登場、劇団わが町文芸部(´・ω・`)
すっかり調子に乗った劇団員どもは、チェーホフの短編を脚色しまくりました。
なんと小学生や中学生の団員まで書いてきちゃいましたよ。
それがね、驚きのクヲリティ、、、おじさんまいっちゃうよ(´Д`)

ま、そんなこんなでお陰様で台本は多いに遅れてるわけで。
いままさにふじた先生は悪戦苦闘の真っ最中でございましょう。
ドキがムネムネしてる劇団員も、まあなんとかなるかと開き直り中。
その舞台の全貌はいまだ明らかになっておりませぬ(`・ω・´)キリッ!

がががが! そこはそれ。
昨年の『夢みる人』同様、予想もつかないスリリングな舞台になること間違いなし!
チェーホフを知ってる人も、知らない人も「ちぃッ! その手があったか」
という新しい『ザ・チェーホフ』をお楽しみください(・∀・)

2015年3月13日(金)~15日(日)

13日(金) 19:00開演
14日(土) 14:00開演/18:00開演
15日(日) 13:00開演/17:00開演

※開場は開演の30分前。

【料金】
一般 2,500円/小学生 1,000円(全席指定・税込)

※未就学児童のご入場はご遠慮下さい。
※小学生のチケットは窓口販売のみとなります。
※車椅子でご来場のお客様は当日のスムーズなご案内の為、チケット購入後、事前に川崎市アートセンターまでご連絡をお願いします。

【発売日】2015年1月20日(火)

【取扱い】川崎市アートセンター
●窓口販売 9:00-19:30(毎月第二月曜除く)
●電話予約 044-959-2255(9:00-19:30 土日祝・毎月第2月曜を除く)
●WEB   チケット購入はこちらから

『わが町しんゆり』Ver.4

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1月11日に多摩区での巡回公演が無事終了しました。

おそらくこれが実質的には最後の公演になるだろう、ということもあって、団員ひとりひとりの思いや意気込みも強いものがありました。「わが町しんゆり」は私たちのデビュー作でもあり、劇団名の由来ともなっている演目です。素敵なお客様の応援と出演者全員の高い集中力とで、素晴らしい舞台をお届けできたのではないかと思っております。

終演後に女性陣は衣裳の返却から洗濯、楽屋の大掃除。男性陣は大道具・小道具搬出から、舞台の大掃除までと、団員総出で片付けを行います。いままでは次回公演に備えて大事に保管してきた「愛の脚立」だとか「家族の居間」などの大道具も今回で破棄するとのことで、万感胸に迫る思いでございました。写真ではわからないですが、さすがに2年も使ってきた大道具には、大なり小なり擦り傷や汚れがいっぱいついてます。そんな傷や汚れのひとつひとつが、時にはどう動くかという目印になってくれたり、またここに戻ってきたんだという安心感を与えてくれたり、長い時間をかけて自分たちで創ってきた「わが町しんゆり」の自信の証ともなっていました。

そういう歴戦の傷を増やしつつ、「わが町しんゆり」は最初の試演会から数えれば10回も演らせていただきました。自分自身も役者としてだけでは無く、いろんな意味で大きく成長できたし、周りの仲間を見ていてもそれが感じられます。そして初演からご覧いただいている皆様方にはおわかりいただけると思うのですが、お芝居として、演劇として全体の完成度は大きく上がったなあということを実感しています。

右も左もわからぬままとにかく台詞を間違えずに言うことだけに夢中だった時から、少しづつ役柄に同化し、周りの演者とコミュニケーションし始め、そして登場人物として、きちんとキャラクターとして存在しはじめる。回数を増すごとに新しいアイデアが出てきて、発する台詞にも内面的な意味が生まれ始め、よりリアルで身近な生きている人間として立ち上がってくる……このお芝居を通じて、そんな素晴らしい体験が出来ました。この様な機会を与えてくれた「劇団わが町」に感謝しています。

なんか個人的な感想になってしまいましたが、ご来場いただいた皆様、ありがとうございました! 次回作はこちらになります。
詳細は別エントリーでご紹介させていただきますが、また劇場でお会いしましょう!

『わが町しんゆり』Ver.3

ほんとにすばらしい結婚式ねえ。

今を去ること2014年11月1日土曜日の大安吉日。
小雨そぼ降る、嗚呼「新百合ヶ丘」。

1010人収容の大ホール、麻生区民館におきまして、しんゆりシアター×麻生区文化協会30周年記念事業としまして、劇団わが町・市内巡回公演『わが町しんゆり』を上演いたしまして、無事終了いたしましたのことよ(・∀・)広い舞台はキモチがいいねー!

てなわけで、その時の公演の様子をギャラリーにアップしました!

さても、なかなかに評判もよろしく、足元のお悪い中はるばる駆けつけていただいた皆様方には大変感謝しております。また団員たちも、新メンバーで初めて臨んだこの芝居、不安もありながら突き進むなか、各人各様さまざまな思いを抱きつつも、高評価とともに達成感に満ち満ちているのではないかなと思ってます。

次回は2015年1月11日、多摩市民館ホールにて市内巡回公演『わが町しんゆり』上演の予定でございます。また詳細はこちらでお知らせしていく予定でおりますので、何卒さっそくカレンダーに書き込んでおいていただければ幸いと存じますm(_ _)m

 

第32回あさお区民まつり

昨年に続いて2014年10月12日に行われた「第32回あさお区民まつり」に「劇団 わが町」として参加してまいりました(・∀・)

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当日はお天気もよく、「劇団 わが町」をひと目見ようと集まった8万人の大観衆は、団員たちの一挙手一投足に、熱狂的な大歓声をあげていました(´・ω・`)ウソ

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劇団員たちも沿道につめかけた地元の人たちの声援に笑顔で応え、11月1日に行われる麻生区文化協会30周年記念公演に向けて決意を新たにしておりました。

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今年はパレードに加えて、麻生市民館ホールで行われる演し物にも参加、巡回公演の告知を兼ねた寸劇を行い、超満員の観客に喝采を浴びました(´・ω・`)ヤヤホント

てことで11月1日に劇場でお会いしましょう!

ギャラリーはこちら(´・ω・`)