◎迎春―ふじたあさや氏 新春特別インタビュー

 新しい年を迎え、3月の『わが町―溝の口』公演にあたって、演出家ふじたあさや氏にインタビューを行った。この中でふじた氏は、40年前の名作を再演する意気込み、見どころなどを語った。

ふじたあさや氏

『わが町―溝の国』ついて語る ふじたあさや氏

―再びわが町ですが?
 『わが町』をこんなに広めたのは、長岡輝子さんの功績だと思うんですよね。
 その長岡さんが最初に『わが町』を日本の現実に置き換えてやってみようと思って試みたのがたまたま川崎の溝の口で、その『わが町―溝の口』というのが川崎の市民文化賞を貰ったんですよ。
 (初演したのは多摩芸術学園=現・多摩美術大学)その学校(多摩芸術学園)がなくなっているので継承する集団がなくなり、作品としてやる人がいなくなった。作品はよくできていて、もったいない。それを何とか舞台に乗せて、同じ川崎のことですし市民劇団が上演するには相応しい作品と思えるものだから、やろうよということにしたわけです。

―作品の見どころは?
 溝の口という場所で長岡先生が何を考えていらっしゃたかということを何とか再現する形にしたい。ひとつの海外の作品を日本の風土に置き換えていく…、精神世界からというと違うものですよね、キリスト教社会だし…。それを日本の社会に置き換える作業というのはわれわれみんな苦労するわけで、長岡先生はそういう苦労の一番手だったのです。そこを追体験したいなという思いがあります。学ぶところはいっぱいあると思います。
 (『わが町―溝の口』は)なかなかよくできていますよ。昔の溝の口の雰囲気がよく出てますしね。この間みんなで行ったのよね、あそこは結構昔が残ってますしね、いいところでした。

―長岡さんの初演から40年過ぎていますが?
 そう、40年なんですよ!40年もたつと、あったものもなくなっていますから、逆にやる意味が、もうひとつ加わった感じですね。40年前の現実の中で語られた言葉が、今語るとあるはずのものがなくっているわけですよ。「今はもうなくなってます」という言葉を、やっぱり何か所か付け加えています。付け加えざるを得なかったことが、ある意味つらいところもありますけどね。

―今回の演出について
 新百合ケ丘だから、溝の口だからといって特に異なるところはありません。
(劇団員は)みんなうまくなってますからね。「構え」が取れてきているので、前よりも楽に到達点に行くんじゃないですかね(笑)  (了)