◎図書館長・宇井頼三の溝の口周辺散策メモ=その1

「久末の義民地蔵」の由来

萩坂 心一

 郷土愛あふれる宇井頼三なら、きっと溝の口周辺を歩き回って、いろんなことに感動しているに違いないと妄想し、私も「追体験」してみました。最初に訪れたのは、横浜との境に近い、久末の妙法寺です。ここに、宇井頼三が熱く語る「義民地蔵」が安置されていると聞いたからです。151203_1343~01

 「義民地蔵」とは…
 江戸時代、過酷な年貢の取り立てに抗議し、農民たちが領主に引き下げを要求したら、なんと願い出た19人の命が領主のもとで奪われた。それに怒った村人たちが、隣村の農民たちも巻き込んで大挙して押し寄せた結果、領主がやっと年貢の引き下げを認めた。
 久末の人々は、19人の遺功をたたえ、御霊を安んずるために、お地蔵様を作った。

 これが、「久末の義民地蔵」の由来です。長岡台本の初演時は、中原街道沿いのバス停近くにあったようですが、その後、小高い丘の上にある妙法寺に移設、安置されました。写真でわかるように、地蔵尊は二体、それぞれ違う時期に作られたものです。その横には、きれいな案内板があり、非常にわかりやすく説明されてます。84-8l12ee1f482ff943f738537c065a035186

 今から30年ほど前、地元の世話人の方が作った短歌を紹介します。

 「慎みて 十九のみたま
  とこしへに 鎮まりませと
  香たてまつる」

 

 

 なお、この「義民地蔵」は、「かわさきの昔話」としても伝わっていて、地元の民話作家・萩坂昇さんが、ドラマチックに書き残してくれてます。

 虚実取り混ぜた、実に面白いお話に仕上がってますよ。
 ちなみに、萩坂昇さんは、私の叔父、すでにあの世に旅立たれました。不思議な縁ですね。合掌。  (了)079f48f78900b273106e24887ba08e0e